エミレーツ航空0319便で行く 
シチリア島 アマルフィー海岸 カプリ島 南イタリア大周遊10日間 
 
2014/5/26〜6/4 
第7〜9日目(6/1〜6/3) アルベロベッロ・マテーラ・ナポリ・カプリ島・ポンペイ

第1〜3日目5/27〜5/28 ローマ・サンピエトロ大聖堂・コロッセオ・トレビの泉・スペイン広場・
ナポリ・アマルフィー海岸・ポジターノ・エメラルドの洞窟 
はこちらを御覧下さい

     
第4〜6日目(5/29〜5/31) シチリア・モンレアーレ・パレルモ・アグリジェント・シラクーサ・タオルミーナはこちらをご覧下さい
 

 南イタリア本島へ 歴史と風光明媚な観光とぶどう、アーモンド、農業、漁業の島シチリア島の観光を満喫して、島の東北隅にあるメッシーナからフェリーにて20分イタリア本土の長靴のつま先に当たるヴィラ・サン・ジョバンニへ到着。更にバスにて400Kmイタリアの長靴のかかとにあたる、世界遺産であるアルベロベッロへ5/31夕方着。
  いずれも花と緑のきれいな最高の季節である。

2014/6/1  アルベロベッロ 世界文化遺産1996年登録。標高415mの丘の上に有る街。開拓農民によって16世紀半ばからの約100年間に建設され、1600軒以上のトゥルッリが存在する。イタリア語で「素晴らしい木」の意味を持つ独特なトゥルッリと言う建物は真っ白な壁に円錐形の屋根(平らな石を積み重ねて建設)を持つ魅力的な街並みだ。

トゥルッリの集中する旧市街
約1000のトゥルッリに住宅地や土産物屋などが混在

トゥルッリのそばで記念撮影

トゥルッリのそばで記念撮影
右手前は日本人経営のの土産物屋

2014/6/1 マテーラ、ユネスコの世界遺産として1993年登録されたマテーラの洞窟住宅”サッシSassi”。8〜13世紀東方からイスラム勢力から逃れた修道僧が住み着き、130以上の洞窟住居を構えたといわれている。1663年頃繁栄機を迎えた。タイムスリップしてしまったような街並み。建物の無い岩山は映画「パッション」(キリストの受難)が撮影され、イエスが処刑されたゴルゴダの丘として使われた。

一面に広がる洞窟住居の残る旧市街

マドンナ・デ・イドリス洞窟教会と旧市街
岩の上部の十字架が特徴

旧市街と谷と岩山の調和が素晴らしい

映画「パッション」(キリストの受難)が撮影された
イエスが処刑されたゴルゴダの丘とされた岩山
2014/6/2 カプリ島 初代ローマ皇帝アウグストゥスも恋した夢の島。人口は現在13000人観光業を主としている。ナポリのソレントから舟で45分。旅行同行者全員期待の青の洞窟観光は、潮位と波の関係が悪く中止となりがっかり。今回で4回目の挑戦の同行者も観光できなくて残念と!

要塞カステルノーボ新しい城 1284年カルロ1世により建造
1443年アルフォンヌ1世再建 2014/6/1 ナポリ観光
にて

カプリ島遠望 ナポリから舟でカプリ島への到着前

カプリ島 港付近の海水浴場

ケーブルカー終点 ウンベルト1世広場からの港方面、市街地、そして山の素晴らしい眺望
2014/6/1 ポンペイ  1997年世界遺産。西暦79年8/24正午過ぎベスビオ火山の大爆発によって一夜にして古代ローマ帝国で繁栄を誇ったポンペイの街は死の街と化し、3日間降り積もった火山灰は街を6mも覆ってしまった。そして永い眠りから覚めたのは1860年から開始されたジュゼッペ・フィオレッリの発掘作業により蘇えった。埋もれたのが幸いにも硬い溶岩流ではなく、主に火山灰である事が発掘を可能にした。

ポンペイの街へ入るマリーナ門
海岸からの入場門

正面がアポロ神殿、右側は聖域を囲む柱廊

正面奥ジュピター神殿とベスビオ火山

公共の広場フォロ

噴火による犠牲者の像(石膏)
発掘時、人体の空洞へ石膏を流して作られた。

個人の家と庭

大通り 左角に公共の水道と水槽

鉛の水道管が使われている

秘儀荘の壁画の一部

秘儀荘の壁画の一部 2枚の写真を合成

2000年の時を超えて素晴らしい色彩が残っている

パン屋の粉挽き機とかまど

続きの旅は下記をご覧下さい
第1〜3日目5/27〜5/28 ローマ・サンピエトロ大聖堂・コロッセオ・トレビの泉・スペイン広場・
ナポリ・アマルフィー海岸・ポジターノ・エメラルドの洞窟
 
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第4〜6日目(5/29〜5/31) シチリア・モンレアーレ・パレルモ・アグリジェント・シラクーサ・タオルミーナ
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